アカデミー賞の主要3部門を受賞して公開が拡がる「コーダ あいのうた」。

みやざわ支配人

先日アカデミー賞を受賞した「コーダ あいのうた」を、恥ずかしながら受賞を知ってから見に行った。というのも、今現在劇場公開されているのは日本だけという話を聞いたのだ。本来はApple TV配信のみの作品だったが、日本では配給会社が引っ張ってきてくれたらしい。

結果、映画館で鑑賞して良かったと思える作品だった。

「コーダ あいのうた」とは

主人公のルビーは、聴覚障害を持つ両親、兄と暮らす唯一の耳が聞こえる家族。

幼い頃から手話通訳として家業の漁や生活を支えていた。家族のせいで学校でも少し浮いているルビーだったが、新学期を機に学校で合唱クラブを選択。すると、顧問の先生に才能を見出され名門音楽大学の受験を薦められる。だが都会の大学に行くには家を離れなければならない。

耳が聞こえず、ルビーの歌声を聴けない両親は、本当に娘に才能があるのか、これからの生活はどうするのかと喧々諤々。ルビーの進路を応援することができなかった。

果たしてルビーは自分の才能を活かす道を進むことができるのか、家族はどうやってルビーを信じていくのか…?

丁寧にじっくり描かれる主人公の生活

田舎の港町で働く家族やその仲間たちの生活が、無駄なく丁寧に描かれている。みんな生活がギリギリで、仕事が終わったら一杯ひっかけ、バーのお姉ちゃんと寝る…そんな荒くれ者の集まりの中にルビーの日常がある。もちろんルビーの家族もその内のひとつだ。極め付けは、漁業の条件が厳しくなる、学校で家族のことをからかわれる…など厳しい現実問題が次々と襲い掛かる。田舎町を取り巻く環境は厳しい。

だがしかし、そこに暗い空気は不思議とない。

漁に出る海の朝日は美しく、森の奥にルビーだけの秘密の湖がある。彼女の強さやむき出しの才能が、そういった環境の中で育まれたことも同時に伝わってくるのだ。漁船の上や湖畔で歌うルビーの姿と歌声で、鑑賞者は彼女の才能を確信できるだろう。

魅力的な登場人物たち

前述した要素が暗く感じられない要因の一つに、魅力的なキャラクターがあるだろう。両親は耳こそ聞こえないが愛が熱く仲睦まじい…もちろん肉体的にも。粗野な振る舞いも垣間見え、それが原因でからかわれたり、作中ルビーにとって屈辱的な流れになるが、最後は信頼を勝ち得ることができる。「両親に愛がない」と告白するルビーの初恋相手マイルズの目を通して、ルビーの家族が決して貶められるような存在ではないことがわかる。

ルビーの才能を見出してくれる音楽の先生もユニークな登場人物のひとりだ。少々強引に思える発声練習、いかにもアーティストのような大げさな喋り方が鑑賞者を惹きつけるだろう。

個人的にぶっきらぼうな兄貴に好感を覚えた。彼は最初からルビーが独り立ちすることを応援してくれていたのだ。

一発でさまざまな感情を想起させる演出

ストーリーの肝は、音楽の先生からも鑑賞者から見ても音楽大学に進んでほしいルビーが、いかに家族の信頼を得るかに集約されていく。

家族がこの先も通訳として彼女を必要としていることはもちろん、彼らにルビーの才能を確かめる術はない。娘が遠く離れた場所でやっていけるのかという、親として当然の不安もあるのだ。

そんな不安と葛藤が、苦労して練習してきた発表会の最中に、とある表現方法で描かれている。このシーンは是非とも映画館で体験してほしい。

両親はどんな世界でルビーを見ているのか、鑑賞者は身に沁みた上でラストへと向かっていく。

家族の愛に収まらない、人生に寄せて

「コーダ あいのうた」はストーリーの軸が家族の絆に置かれているため、その愛や在り方が真っ先に目に飛び込んでくる。結末は心温まり、夢へ走り出すルビーには爽快感がある。

しかし、鑑賞後の感情はそれだけに収まらない。最後にルビーが両親と審査員に向けて歌うJoni Mitchellの「Both Sides Now」で、鑑賞者の想像は数多くの登場人物の人生へと広がっていく。家族の元を離れて都会の大学で過ごすルビーの人生、港町で毎日漁に励む家族と仲間達、残された友達や恋人のこれから…。

それら全てが良いものでありますように。そんな祈りと共に映画館を後にできる作品だった。




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with Theaterの支配人です。
7年間大手シネコンで劇場マネージャーを務めたのち、デザイン・マーケティングの仕事を経て独立。今でも映画館の仕事は素敵だと思っています。尊敬する人物はジャッキー・チェン。仕事でトム・クルーズに会った時に緊張し過ぎて顔が白くなった経験あり。