『万引き家族』レビュー。なぜ話題になっているのか?家系図は?是枝監督の意図は?

みやざわ支配人

はい。今回は今年最も話題になるであろう邦画、『万引き家族』のレビューを書いていきたいと思います。公開初日の6月8日に、映画館にて鑑賞してきました。

『万引き家族』は、とても優しい映画かつ残酷な映画になっています。観ていて目頭が熱くなるほど優しい気持ちに包まれているかと思えば、砂の城の上に立ってその気分を味わっているかの様な気分になります。

カンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞と呼ばれる最高賞を受賞しましたね。『ツリー・オブ・ライフ』『パルプ・フィクション』などが過去に受賞している素晴らしい賞です。

しかしこの映画を観る前に、まず前提として知っておきたいことがあります。日本の貧困率は6人に1人、児童虐待件数は平成28年度で約12万件です。数値の出し方や捉え方とかは色々ありますが、実際に表に出ている件数がこれくらいと言う風に捉えてもらえればと思います。

この記事ではそんな『万引き家族』の話題性や監督の意図に焦点を当てながら、僕自身の感想を述べつつ、今年のアカデミー賞の作品達と比べていきたいと思います。

なぜ話題になっているのか?

 

まずはその話題性の裏側を。

カンヌ受賞

冒頭にもあった通り、おめでたいことに日本の映画がカンヌ国際映画祭のパルム・ドール賞を受賞しました。なんと、今村昌平監督の『うなぎ』が受賞した1997年以来の快挙です。

本当に素晴らしいですね。是枝監督は以前、『そして父になる』が同カンヌ映画祭の審査員賞を受賞し、アカデミー賞候補としてノミネートされていましたね。

世界で活躍する日本の映画監督と言えば是枝監督と言えるほど、その名は知れ渡っています。

ネットで騒がれる

カンヌの受賞と同時に、SNSなどのインターネットでこの映画が話題になりました。僕も時間があればTwitterなどのタイムラインを追いかけていました。

騒がれる理由として、賞賛も勿論あるのですが、影響力のある著名人などが「日本の恥」と発言したことです。誰がどう言ったかはここでは記事の趣旨が変わってしまいますので言及しませんが、否定的に捉える人々が騒いでいたのです。

その理由は、日本の軽犯罪を犯す家族にスポットライトを当てているからでしょう。でも、例えばハリウッドでヤク中が主人公の映画で評価されている映画なんて無数にありますし、何が違うんでしょうかね?詳しいことは後述します。

安倍首相が賞賛しない

国際的な映画祭で最高賞を受賞しているにも関わらず、国が賞賛のコメント一つ送らない、と言う理由で海外のメディアに取り上げられていましたね。これも話題になる理由の一つじゃないでしょうか。

しかしですね、こういった類の、所謂”映画の外”の話は作品の良し悪しに全く関係ないわけで、なるべく中立といいますか、フラットな気持ちでこれから『万引き家族』を観る方は観た方がいいと思います。

どういうお話か

 

続いて『万引き家族』の中身のお話です。

ストーリー

東京の狭い平屋に住む5人家族。親子で万引きなどの軽犯罪を犯しながら、父親は日雇い労働を、母親はパートを、母親の妹は風俗店で働いています。生活の頼みの綱は祖母の年金。

そんな家族と、ある少女が一緒に暮らすことになります。父親が万引き帰りに見つけたその少女は、寒空の下で震えていました。最初は一晩だけ保護する予定でしたが、母親の意見もあり、いつの間にか居つくことに。

そんなある日、家族に事件が訪れます…。

家系図がわからない

『万引き家族』はストーリーの通り、家族のお話です。しかしこれ、家系図がわからないんですよ。誰が誰の子かわからないし、子供も父親のことを「お父さん」と呼ばない。なんで祖母と母親の妹が仲いいかもわからないですし、歪な家族になっています。

恐らく鑑賞中、頭の中に家系図を思い浮かべて空いている穴を埋めていく人が多いと思います。父親がリリー・フランキーで、祖母が樹木希林。祖母はどっちの母だ?などなど。

しかしこれが落とし穴なのです。あまりネタバレをしたくないのですが、是枝監督のずっと持ち続けてきたテーマというか、作家性がそこにあるのです。ラストに向かうにつれ、徐々に家族の実態はわかってきます。全部知った時、あなたは必ず「そういうことか」となるでしょう。

是枝監督について

 

さて『万引き家族』のストーリーと、是枝監督の作家性に少し触れたところで、是枝監督について僭越ながら紹介していきます。

フィルモグラフィー

簡潔なフィルモグラフィーから。僕自体、是枝監督作品を知ったのは『歩いても 歩いても』からでした。

  • 『幻の光』(1995年)
  • 『DISTANCE』(2001年)
  • 『誰も知らない』(2004年)
  • 『歩いても 歩いても』(2008年)
  • 『空気人形』(2009年)
  • 『そして父になる』(2013年)
  • 『海街diary』(2015年)
  • 『三度目の殺人』(2017年)

などなど。元々はドキュメンターテレビ番組の演出などを手がけてらっしゃいました。CMやMVなども多数手がけています。

この作品への思い

まずはネットで色々と騒がれているのですが、是枝監督は自らの立場をはっきりと述べています。

ネットで『万引き家族』に関して作品を巡ってではなく飛び交っている言葉の多くは本質からはかなり遠いと思いながら、やはりこの作品と監督である僕を現政権(とそれを支持している人々)の提示している価値観との距離で否定しようとしたり、逆に擁護しようとしたりする状況というのは、映画だけでなく、この国を覆っている「何か」を可視化するのには多少なりとも役立ったのではないかと皮肉ではなく思っている。

引用:KORE-EDA.com「invisible」という言葉を巡って——第71回カンヌ国際映画祭に参加して考えたこと——(http://www.kore-eda.com/message/20180605.html

この引用元である是枝監督の公式サイトのメッセージは全て読んだ方がいいと思います。特に『万引き家族』を観終わった方々は。どう言った意図で作ったのか?どういう政治的スタンスなのか?それが全て書いてあります。

是枝監督の意図は?

では『万引き家族』おける是枝監督の意図はどういったものなのでしょうか?これも公式サイトで触れられています。

僕は人々が「国家」とか「国益」という「大きな物語」に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり、それが結果的にその国の文化を豊かにするのだと考えて来たし、そのスタンスはこれからも変わらないだろうことはここに改めて宣言しておこうと思う。

引用:KORE-EDA.com「invisible」という言葉を巡って——第71回カンヌ国際映画祭に参加して考えたこと——(http://www.kore-eda.com/message/20180605.html

この映画は、「小さな物語」なのです。軽犯罪を犯す、東京下町の貧乏な一家。そこで起きる家族の物語。でもその「小さな物語」は現実に起きています。

インタビューの中で、是枝監督は「この映画を思い付いたのは年金不正受給の事件」と述べています。これは『万引き家族』の公式サイトにもインタビューとして掲載されています。

年金不正受給とは、既に死亡した親の年金を受け取り続けていたことが発覚した事件ですね。それに児童虐待や貧困問題が、この「小さな物語」の中に詰まっています。

そして是枝監督の意図とは、その「小さな物語」を通して、先述のように、この国を覆っている「何か」を可視化することにあるのです。あまり僕の言葉で書き連ねても(感想は後述)、それは曲解を生んでしまうので、その「何か」を確かめるために劇場に足を運ぶことをオススメします。

『万引き家族』感想

 

さて、ここからは僕の所感や思ったところを書いていきます。

目を背けたくなる映画

公開日の平日、昼の時間に見に行ったのですが、結構お年寄りの方が多くて、劇場は満席状態でした。お年寄りの方は恐らくこの映画の中の樹木希林さん演じる祖母役に感情移入しているのか、樹木希林さんの行動一つ一つに笑いが起きていました。

中には「え?ここで笑うの?」と若者の僕が思うようなところで笑いが起きていたのが印象的です。しかし若い世代の僕からすれば、児童虐待や貧困問題など、これからの日本で増えていきそうな問題が取り上げられていて、目を背けたくなりました。

『万引き家族』のテーマと内包する問題

『万引き家族』は、近年の是枝監督作品に一貫しているテーマである、「家族とは血の繋がりか、過ごした時間か」ということが本質の一つとしてあります。このテーマは、『そして父になる』で如実に物語られていました。

さらに『万引き家族』では、社会や地域の共同体から零れ落ちた人々、落伍者を主人公としています。日本の山積する問題を詰め込んだかのような映画なので、そりゃ「日本の恥」と言う方も出てきますが、これが現実に起きているのに、そこから責任転嫁して目を背けるからそんな考えに至るのだと思います。

この映画のラストシーンもそうですか、全てにおいてまるで日常を切り取っているかのような自然な映し方をしています。日常の流れの中にあり、それが今後も続いていく。映画の中ではハッピーエンドもバッドエンドもありません。

しかし、この映画の中の家族が過ごした優しい時間だけは、本物のような気がします。

アカデミー受賞作に通じるもの

今年のアカデミー賞では、『シェイプ・オブ・ウォーター』や『ゲット・アウト』『スリー・ビルボード』『ブラック・パンサー』などが話題になりました。

黒人差別の歴史を交えつつ、黒人スタッフのみで作られた『ブラック・パンサー』。社会の除け者を主人公にした、『シェイプ・オブ・ウォーター』。世界で起きているあらゆる問題、性差別、人種差別、貧困。これらが映画という芸術として爆発した年になっていました。

『万引き家族』もこういった作品に通じるものがあります。『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ監督がアカデミー作品賞を受賞した時のスピーチでこう話していました。

私たちの業界の1番素晴らしいところは、国境線を消し去ってしまえるところだと思います。世界がその“線”をより深く刻むときこそ、私たちは消し続けていくべきです。この道を私とともにしてくれたすべての人々に感謝します。

引用:映画.com【第90回アカデミー賞】ギレルモ・デル・トロが監督賞で初オスカー!
https://eiga.com/news/20180305/11/

これはどういうことかと言うと、映画というものや芸術全般は、差別や貧困によって世界が人々に”線”を引いた時に、その”線”を消し去ることが芸術の役目であると。

これに似た言葉を是枝監督も述べています。

授賞式後にスタッフと一緒に参加した公式のパーティーは至福の時間だった。コンペの監督と審査員の間にそれまで存在していた壁が取り払われ、その場は映画への愛情だけで繋がった人々がにこやかに和やかに映画について言葉を交わす。映画の中の「見えない」花火についてドゥニ・ヴィルヌーヴ監督やチャン・チェンと話す。

引用:KORE-EDA.com「invisible」という言葉を巡って——第71回カンヌ国際映画祭に参加して考えたこと——(http://www.kore-eda.com/message/20180605.html

『万引き家族』で是枝監督は、普段日本の人々が目を背けたくなるようなこと、貧困や虐待、老人の孤独死、そういった事柄の前にある壁を取り除きました。

日本の映画でここまで真摯に社会問題と向き合っている映画はあるでしょうか?漫画原作の俳優女優推しの映画、某事務所のタレント映画…。映画の本来の役目を担っているように感じられた『万引き物語』でした。

ただ、やっぱり全体的に湿っぽいというか、如実すぎるというか、やはり僕が好きなのはエンターテインメント性も兼ね備えた『ブラック・パンサー』などであって、その辺が観ていてしんどいな、と感じてしまう時もありました。

では『万引き家族』をエンターテインメント性を感じたい方にこの映画の見所や疑問点を書いていきたいと思います。

『万引き家族』見所と疑問点

 

松岡茉優の脱ぎっぷり

『桐島、部活やめるってよ』や『ちはやふる』に出演している人気急上昇の女優松岡茉優。彼女が『万引き家族』で演じるのは女子高生の風俗嬢役。

是枝監督は前々から女性と子供を撮るのがうまく、カメラに映らないエロさというのがビシビシ伝わってきて、直接的ではない表現が巧みだと思っていました。

しかし今回は、やや直接的ですが、なんともエロい…。松岡茉優の脱ぎっぷりも、ボディラインも凄まじいものがあります。

息子の指くるくる

息子の祥太くんが万引きをする前、必ず両手の指を合わせて、人差し指だけくるくるし、手の甲を顔に近づけます。

この動作は何なのでしょうか。あくまでも憶測なのですが、ある種の謝罪の気持ちの現れというか、剣客や暗殺者が映画などで人を殺した後に行う儀式のようなものかなと思っています。

例えばライアン・ゴズリング主演の『オンリー・ゴッド』で、チャンが犯罪者を殺した後にカラオケで歌を歌うような。解りづらいですかね。

あとは直接的な「万引き」というセリフを避けるためのサインかな、とも思いました。

まとめ

こういった社会問題を取り扱った映画は、必ず論争を巻き起こすのですが、僕はそれはいいことだと思います。日本は最近、大企業や国の不正や、指導者の横暴が目立ちます。

『シェイプ・オブ・ウォーター』などで社会の除け者を取り扱っているように、映画はそういった社会問題を表に出し、観客である人々に投げかけ、戦うべき人を立ち上がらせる力があると、僕は信じています。

『万引き家族』、劇場で鑑賞ください!




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わたしが書きました。

with Theaterの支配人です。
7年間大手シネコンで劇場マネージャーを務めたのち、デザイン・マーケティングの仕事を経て独立。今でも映画館の仕事は素敵だと思っています。尊敬する人物はジャッキー・チェン。仕事でトム・クルーズに会った時に緊張し過ぎて顔が白くなった経験あり。