現在のシネコンはどうやって誕生した?日本のシネコンスタイルの歴史。

現在皆さんが利用している劇場のほとんどは、「シネコン」と呼ばれるスタイルの映画館です。

シネコンとは、かんたんに言えば、『TOHOシネマズ』や『MOVIX』のような、たくさんのスクリーンとチケット売り場、ロビーなどが共有されている大型の映画館のこと。

そんなシネコンは今でこそ、私たちにとって身近な映画館のカタチですよね。

でも、日本の映画館がどうやって今のシネコンスタイルに発展したのかという歴史については知らないという人がほとんどでしょう。

そこで、この記事では、日本の映画館がシネコンスタイルになるまでの歴史をくわしくご紹介します。日本のシネコンの歴史をぜひ学んでいってくださいね。

そもそも「シネコン」ってどんな映画館?

そもそもシネコンとは、「シネマコンプレックス」の略で、いくつものスクリーンとチケット売り場、ロビー、コンセッションからなり成り立っている大型の映画館のこと。

2020年の今では、このスタイルの映画館が当たり前になっているため、「映画館=シネコン」というイメージの人がほとんどでしょう。

そんなシネコンには、大きさやスクリーンの数など、実は明確な定義はないんです。

たとえば、通商産業省による『映像産業活性化研究会報告書』では次のように定義されています。

  1. 6つ以上のスクリーンを有している
  2. 3つ以上のスクリーンにつながる映写室がある
  3. チケット販売窓口やロビーを有している
  4. 総入れ替え制を採用し、立ち見なし

「私がいつも利用している映画館のことじゃん!」と感じた人が多いのではないでしょうか。

今回は、そんなシネコンの歴史についてくわしく紹介していきます。

日本の映画館の歴史1.シネコン誕生前

現在、映画館といえば、誰もが『MOVIX』『イオンシネマ』『TOHOシネマズ』のようなシネコンスタイルの映画館をイメージすると思います。

しかし、日本でシネコンが初めて誕生したのは1980年代で、それ以前はシネコンスタイルの映画館は存在していなかったんです。

シネコンが誕生する前の映画館といえば、ひとつの映画館にスクリーンはひとつだけという「ミニシアター」が主流でした。

ミニシアターでは、拡大ロードショーではなく、日本人にとって馴染みのない海外の映画が単館でロードショーされており、人々の「娯楽の場」として賑わっていました。

入場料が主な収入源だった

シネコン誕生前の映画館では、ポップコーンやドリンクといった販売はほとんどなく、入場料を主な収入源としていたんです。

そのため、従来の映画館では市販の飲食物が販売されていたり、外からの持ち込みの制限がゆるかったり…という特徴がありました。

今では、「映画館に行ったら必ずポップコーンを買う!」という映画ファンも多いので、昔は映画館でポップコーンが売られていなかったというのは衝撃ですね。

日本の映画館の歴史2.1980年代:日本初の「シネコン」が誕生

1984年、東京都・品川区にある『キネカ大森』という映画館が日本初のシネコンとしてオープン。

スクリーン数は3つと、今でこそ「ミニシアター」の規模ですが、「ひとつの映画館に着きスクリーンはひとつ」が当たり前だった当時としてはとても斬新な映画館として話題になりました。

しかし、映画館の利用客は減少傾向に…

日本初のシネコンが誕生した1980年代でしたが、その頃にちょうどテレビやDVDなどの娯楽が普及したため、映画館の利用客はどんどんと落ち込んでいきました。

また、従来の映画館は、座席の座り心地や清潔感がイマイチなど“快適さ”に欠けていたこともあり、一部の映画ファンを除き、映画離れはさらに深刻化…。

その結果、映画館のスクリーン数は減少し、映画館業界に不安の声が広がりました。

日本の映画館の歴史3.1990年代:「シネコン」が急増加

そんな映画不況を転じたのが、「シネコン」の存在だったんです。

1993年、神奈川県・恵比寿市に『ワーナー・マイカル・シネマズ』が日本初の本格的マルチプレックスとしてオープンしました。

このシネコンが予想以上の大成功をとげたことにより、1990年代には日本国内でシネコンが急増化。日本国内のスクリーン数はあっという間に増加傾向に。

従来の映画館にはなかった、シネコンの快適さやエンターテイメント性がうけ、ますます映画人気が高まったと考えられます。

ちなみに、『TOHOシネマズ』や『松竹マルチプレックス』などの、現在の大手シネコンのほとんども、多くの外資シネコンと同じく1990年代に参入しています。

現在の“映画館の楽しみ方”もこの頃から…

現在、休日に映画を見に行くとなったら、上映時間まで複合施設でランチやディナーを食べたり、ショッピングを楽しんだりしますよね。

このような映画の楽しみ方は今でこそ当たり前ですが、これはシネコンの普及とともに広まった比較的新しい“映画の楽しみ方”なんです。

日本の映画館の歴史4.2000年代:シネコンスタイルがさらに定着

2000年代に入っても、シネコンの勢いは止まりません。

とくに近年では、東京の都心部などの大都市でシネコンが多く誕生しています。

これまで主流だった歴史あるミニシアターや名画座はすっかりと姿を消し、今では大都市でもシネコンで映画を楽しめるようになりましたね。

列に並ばずに映画を観られるようになった

近年ではインターネットが発達したことにより、「オンラインチケット販売」を導入する劇場が急激に増えました。

これまでは、混雑状況を心配しながら列に並んでチケットを購入する…ということがありましたが、2000年代では、実際に列に並ぶことなく映画を観ることが可能に。

また、最近になってチケットの自動販売機が設置されるなど、シネコンは今後もどんどんより便利で快適なものに進化していくことが予想されます。

最後に…

この記事では、日本の映画館でどのようにしてシネコンスタイルが定着したのか、シネコンの歴史をご紹介しました。

シネコンの誕生から、今のシネコンスタイルが定着するまでの歴史を知っていると、映画館の利用がより楽しいものになるはず。

また、今後シネコンがさらにどんな発展を見せてくれるのか、今からワクワクしますね。






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PROFILEわたしが書きました。

みやざわ支配人

with Theaterの支配人です。
7年間大手シネコンで劇場マネージャーを務めたのち、デザイン・マーケティングの仕事を経て独立。今でも映画館の仕事は素敵だと思っています。尊敬する人物はジャッキー・チェン。仕事でトム・クルーズに会った時に緊張し過ぎて顔が白くなった経験あり。